2019年2月1日金曜日

去りゆく平成という時代


よく娘達とのコミュニケーションしている時に



絵馬に合格祈願


  
私が意見したり、私が何かやっていると



おとーさんは 昭和だから~ 」 とか 

それって 昭和っぽい 」 などと 



ちょいちょい、平成生まれの娘達におちょくられて言われます。


しかし、昨年(平成30年)は 天皇陛下のご退位で平成最後の年
もう平成も終わる。という触れ込がメディアから目や耳にしたもので




今度は娘達に 




お前も 平成だから〜 」とか

「 それ 平成っぽいな 」などと 



リベンジしてやるからな〜 






なんてふざけて言っていました。



しかし ある気づき発見があったのです。・・・



昨年の夏も終わり日も短くなり 年の瀬を意識し始めた11月はじめ頃・・・






 あぁ いよいと平成も終わるんだなぁ~  




 あらためて考えると 




 今年は平成30年  来年は 元号変わるまで 平成31年...




 30年? 31年? 




 平成って、30年もあったんだぁ〜 30年って意外に長かったなぁ.... 




 30...ん?? 待てよ  (私は昭和47年生まれの46歳 46年間の人生です)




俺って 人生のほぼ2/3(3分の2)は平成を生きて来てるんじゃん  昭和より長いんじゃん! 




16歳の学生の時に平成になって 大人としての人生は全て平成という時代で生きて成長して来たんだ〜 









そう気づいた瞬間に
今まで 無意識に





「平成は自分の時代ではない、若者の時代なんだ、自分は昭和生まれなので 平成には縁もゆかりもない」 
(平成生まれの若者が 次々に大人という年齢になり社会に出てくるにつれ)




というような 勝手な解釈がどこかであり 深めていって







自分は平成という時代の人間ではないんだ...







そんな思い込みから なんとなく疎外感、仲間外れ的に思考していた。







その思い込みが消滅し、






平成に対して、溢れ出る 感謝と心からの愛が溢れて来ました。






そう感じたら 





そんなしょーもないリベンジしようなんて アホや」と 




娘たちにおふざけでもする気が完全に失せました。




(えぇ...



だって、平成は私が大人としてここまで育って来た私の大切な時代だからです。   







そして平成という時代に、そしてこの時代の象徴として、私も含めた国民の安定と幸せを祈りお努めされた今生天皇である天皇陛下に愛と感謝を伝えなければと思ったのです。







陛下にこちらから出向く機会は、皇室行事である天皇誕生日12/23と新年1/2の一般参賀です。23日はすでに営業予定で予約も入っています。 





毎年一般参賀に行こうとしていたのですが、家内の実家への帰省などでいつも見送っていた一般参賀に必ず行くと決心しました。     




つづく
安楽死が合法化された現代日本のパラレルワールドを舞台に、平成という時代と、いまを生きることの意味を問い直す、社会学者・古市憲寿意欲作!

2018年12月31日月曜日

人間出来ていなくても 強い人を人は求める パート3


前回は 人間が出来ていなくても
強い人についていく人は意外にいる という お話をしました。


そして あなた(自分)は何をしたいのか?



また したいことを ためらって出来ないのはなんで?なの??






・・・・・











人間が出来ている ≒ 教養、一般常識があり 社会的に認められている

という ?(謎)の前提をタイトルに盛っていますが




今の社会に置いて 



出来ている人間として 振る舞うためには




強さが邪魔になります。





強く出るとはみ出してしまうから。。。






ちょっとでも そこから外れると 様々なルールを持ち出して規制 取り締まられるリスクがあるので




人に優しく、親切丁寧という 大人しい姿勢は、




とても 無難です。







人から責められ 咎められ 突き落とされないようにするために






皆 そこから





この安全なラインの外に出ないように、外れないようにしているので




強く出られる人が 稀少です。





はみ出さないように 空気を読んで 振る舞うことが





かなり 当たり前なのです。






・・・・・・・・・・







当たり前のことは 当たり前にしないといけない・・・・ のでしょうか?





だから 





人に優しく





と言っても





当たり前すぎて、誰も気が付かず目立ちません。








それに対して強い姿勢は、目に留まりやすく見えやすいですし、









なおかつ









強さを武器に誰にも媚びずに生きているので、その姿勢やスタイルに憧れを抱くのです。






みんなと同じ?
それよりも出来ていない?





自分も強くあれば、誰にも遠慮せずに好きなこと発言し 思い通りに事が運べる。... 自分もその力を得たい、本当はそうなりたい そうありたいと・・・








親切丁寧にすることは、良いことであり、そうすべき 



というような道徳論が、
世の中にあるのは、社会がそのような人が多い方が協調され
うまく回るから、そう設定されているだけとも言えます。








でも人に対して常に優しさ第一で親切丁寧にしていると







実は力強くあることが出来ないという矛盾があるのです。








今の世の中は、強いと目立ち叩かれるので






みんな 大人しくしています。






世の人は強さ(リーダー)を追い求めているのに、




真実は強い人が少ない(目立たない)のです。


なりをひそめざるを得ない


優しさを大切にする現代社会においては特に・・・



だからこそ、




時に残酷と言えるような思い切った強さ(厳しさ)を示すことが



必要 ということなんです。





ただ某信仰宗教の首謀者のような強烈なカリスマ性を示し、その人が本当に望むこととは全く別のあらぬ方向に人を惑わすのは、いささか考えものですが、




どんな人にも尊敬されて慕われ歴史に名を刻むような人は、





単に優しいだけではなく揺るぎない強さを兼ね備えています。




自分の周りに、そんなリーダーが少ないのなら、誰かが名乗りをあげる必要があるとも言えます。





もしも、自分に強さを示す必要性が求められたら、時に大胆に怖がらず恐れずに自らリーダーシップを発揮することをオススメします。





なぜならそれが結果的に その人にとって真の意味で優しいから




本当に優しくなりたいのであれば




許可しても良いのでは?





そしてそれは、あなたがリーダーになるタイミングが訪れているからです。





本当の意味での 優しさが必要なのです。






明日から 新しい年です。






優しさという力強さを発揮し、希望ある良い年、素敵な時代に





自分でしていきましょう。



今年も一年 本当にありがとうございました!! 
LOVE & GRATITUDE
根津

2018年12月3日月曜日

人間が出来ていなくても 強い人を人は求めるパート2


前回は、人間が出来ていなくても
強い人に人は惹かれる。それは守ってもらわないと生きられない
赤ちゃん時代の本能 というお話をしました。






強い大人(親)に守られないと生きていけない幼少期から
時が経てば、誰でもオートマティックに成長をとげます。



 

あなたもご存知の通り?あっという間に時は過ぎていきますよね?
死なずに生きていれば勝手に時間は過ぎて、肉体的には立派な大人です。




大人なんだから、自立し
誰を頼らなくても、生きていけるのにも関わらず




人は強さを敬愛し憧れを抱き 追い求め続けます。



幼い頃にインプットされている。



”強いものを追いかける” 


というプログラムを消去したつもりでも





実は消し去っていなく





単に上から上書きしているだけなので






表面上は消え、何も無いように見えても






心の奥底に残っているプログラムが無意識に発動してしまうわけです。




なので、周りに配慮ができて、気使いも完璧な





一般的にいう 「人間が出来た良い人」 





であっても





わかりやすい強さのない人は、そーゆー意味で、それほど人を惹きつける力がないのです。

(つまり目立たないのです。スポットライトが当たらないのです。)



「 いや~私は、そんなに目立ちたがりではないから・・・」





・・・ウンウン






そんな控えめで、遠慮しがちなあなた 








あなたは、本当にそれで良いのでしょうか?





人気がある人の中には 人間が出来て立派で性格が良い人ではなく、
人間が出来ていないような、ある意味、人間失格な人で性格が悪い人
もかなりたくさんいます。 







そしてその人たちが注目されスポットライトを浴び、称賛されているのです。







一方そのような人達よりも、人として人間が出来ていたとしても、






強さを示せない大概の人は、ほとんど気づかれずにいます。





一見、性格が悪く、はたまた人間が出来ていないからと言っても強さをもっている。その人にピッタリついていき離れずフォロワーになる人は、意外なほどいるのです。   




強さを示せない人には、見向きもせずに・・・・







・・・どうでしょう




あなたはそれで良いのですか?





あなた 「・・・・・」






本当に良いのですか?





あなた 「・・・・・」







あなたが「はい!」と、リラックスした感覚で力が抜けてスッキリ言えるのならば良いです。






「良く無い!!」って力強く思っている人


もしくは


「何かどこか引っかかる。。」と感じる人


「別にいけど!」 と 言いつつも、身体のどこかに力がかかってリキんでいるとしたら





それは、良く無いんでしょうね。。






ひょっとして あなたは

そんな(人間が出来ていないくせに)強さを示す人を、どこかで軽蔑し否定し批判批難したい気持ちはありませんか?





あの人、性格が悪いのに何を威張っているの!

あいつは人間ができていないのに、なんて偉そーなんだ!

◯◯なのに ▽▽じゃねーか なんなんだ!!

..etc.....






・・・・・





そんなあなたに対して

私は否定する気も
批判する気も
見下す気も
バカにする気も
無視したりする気も
蔑んだりする気も



微塵もありません。






ただ







ただね









あなたは本当は何がしたいの?




? つづく..

2018年11月14日水曜日

人間が出来ていなくても 強い人を人は求める


魔法で変身!?

世の中には、人間が出来ていないしょぼい人であっても

性格が褒められる人格者でなくても


どちらかといえば、悪い奴といえるような

世間から批判される人でも


人がツイツイ注目してしまう人
 
すなわち フォロワーがたくさんいる人気者と言ってよい人がいます。

その人が何か発言したりするだけで、ネットやニュースで話題になります。
(時に激しく炎上します。)



これらを考察すると

人気の有る無しに 人の良し悪しは関係ないのです。



なぜ人は、なんなんだあいつは! と怒って批判しながらも



なぜか注意を惹かれる 



どうしても気になってしまう...



そんな人がいるのでしょうか?



それは・・・ 人間は 
強い人について行きたい!そんな欲求があるんです。
(守ってくれる強い人にすがりたい という基本的心理があるからです。)



人は 誰もが、小さい子供(赤ちゃん)から 
人生をスタートさせています



(いきなり30歳から生まれた人はいないですよねw)


小さく幼い時は、自分でなにも行うことができない状態で
誰かに依存せねば、生きていくことが出来ないから、
自分を守ってくれる強いもの(親)を敬愛するわけです。




強いもののフォロワーになり、その恩恵を授かる。



それが弱い人間、弱者が取る知恵で最大の効果が望める戦略だったりするわけです。


つまり



その強い人(親)が人間として、尊敬できる人格者あろうがなかろうが
そんなことは、自分が生きていく上では


重要ではない(どーでも良い)ことなのです。






ズバリ言い切りましたが、ちなみに人気が出れば、なんでも良いということを推奨するブログではないのですが、誤解を恐れずに述べてみました。

 


その辺を明らかにしていきます。 つづく


やはり 生き残る者は知恵がある者ですよね