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2020年2月6日木曜日

どこまで生きる?


さて、節分も過ぎて立春ですね、今年は4回目の年男です。


同級生の家内とは、夫婦揃ってネズミ年の周り年です。


※厄年とは違います。

年男・年女(としおとこ・としおんな)は、生まれた年と同じ十二支の年を迎えた男女である。



ただし、自分の生まれた干支の年であっても (0歳)年男・年女とはならないんです。



生誕して12年後、つまり12歳の小学校6年生が初の年男・年女なんですね。




2回目は 24歳   


3回目は 36歳   


その年の誕生日に満年齢が12の倍数になる男女がそうなるわけです。   



今回私は


4回目の 48歳 



 
次回5回目は、50代を飛び越えて60歳の還暦な訳です。



年男・年女は いったい何回まで迎えられるのでしょうか?





その次の    

6回目は   72歳  


7回目は   84歳  


8回目は   96歳 


9回目は  108歳   






で 記念すべき10回目は 120歳!! です   




120歳は 2回目の還暦で 大還暦といいます。



ちなみに人類で、出生の記録の確証が取れている人で大還暦を迎えた人は世界でたった一人だけです。



ジャンヌ・カルマン(1875年2月21日~199784日没)は、人類史上最も長生きをしたとされるフランス人女性で、存命時の本人の発言等から長らく122年と164日間生きた。(とされています。次回後述します。)




日本人での今までの最高齢は


田島ナビさん1900年〈明治33年〉84日生まれで〜2018年〈平成30年〉421日没、117260日日間生きた鹿児島県喜界町に在住していた長寿の女性です。



生年月日に確証のある人物においては世界最後の19世紀生まれの人でした。



生年月日に確証のある人物において2番目のサラ・ナウス(1880924日生まれ19991230日没のアメリカで最も長く生きた女性に次ぐ、人類史上3番目の長寿者で確かな記録のある人物の中では日本並びにアジアにおける史上最高齢の人物でもあるとされています。


そして9人の子(72女)をもうけ、2011年(平成23年)の敬老の日の時点では 孫が28人、ひ孫56人、玄孫が35人【子孫128人】 2015年(平成27年)9月の時点では、玄孫の子にあたる来孫を含む140人以上の子孫がいた。2017年(平成29年)9月の時点では、約160人の子孫がいた。とされる。wikiより引用



「自分が存命の時に160人の子孫の存在を認識できる生きている先祖として存在しているってすごいですね」




今現在このブログ投稿時、存命で世界で出生のの記録がある人物で最高齢なのは、田中カ子(かね)さん 1903年〈明治36年〉12日 生まれで現在117歳の日本・福岡県福岡市東区の長寿の女性で、亡くなった方も含めた歴代の世界長寿ランキングで現在9位です。

2019年(平成31年)39日にはギネス・ワールド・レコーズ社より存命中の世界最高齢とする認定証が贈られたそうです。


その時取材の報道陣よりこれまで一番楽しかった出来事について尋ねられて




「今」と答えたそうです。(さすがのコメントですね) 




次回に続く


我が家の節分は豆まきから、手巻き恵方巻をみんなで作るスタイルに変わりました。


2019年2月19日火曜日

根拠のない確信の証明

高校入試自己採点では、絶妙なボーダーライン…
その志望校に無事に合格しました。








本命の高校の人学試験の合否発表を家内と娘と見に行くために車を走らす道中


すでに滑り止めは受かっている娘に




ひとまず高校生になったらどうなりたいのかを聞いてみる。








その話の中で突然







娘が合格するビジョンがくっきり見え、娘の合格発表を見る前に確信にいたりました。




その瞬間、私の目から涙が滲み出しました。





そして、たくさんのイメージが次々と湧き上がります。







私の心の声 「 あ〜 そうか そーゆーことか.... 」







いつの間にかに 滲んだ涙が目からこぼれ、頬を伝わっていました。






その涙を拭い、心を落ち着かせて運転を続けた





次の瞬間






車のハンドルのすぐ横に備えつけ、GoogleMapを見ているiPhoneにある表示が











『 英検 合格した 』










高一の長女からの
L
INEです。








なんども受けていたけど 落ち続けていた 
英検の一次試験の合格の連絡です。








私  「 おい ともえが英検合格したってよ 」







家内  「 えー ホント? 」







私  「  今 LINEが来た。。 」








次女 「 …。」








私  「  ...。 」







家内「  でも、本当に合格したんだー 」







次女の心の声「 あー合格先取り された…  これでもし自分が落ちてたら…汗」








家内「 今回も英検の一次、出来がすこぶる悪くて、絶対落ちるって言ってたのに 」







私  「  確かになぁ… 」






次女  「  …。」






家内「  それに、もう二次試験のある日 渋谷に出掛ける予定入れちゃってたのに…」








次女  「  …。」








私「  まあそうだけど、なんとかなるでしょ 」






次女  「  …。」






そして私は 確信がさらに高まりました。

根拠のない確信が・・・




私の五感で感じる感覚に

(あーやっぱり合格する流れが来てるわ〜 )ってはっきり感じます。










次女  「 ……。」









私  「 あのさ ちなみ 」










次女  「  何? 」










私  「 ともえ 英検合格したじゃん  」









次女  「 …うん 」










私  「 コレって 今根津家に 良い流れ来てるってことだぞー   」











次女  「 ....そうかな? 」










私  「  そうだよ  大丈夫だよ 」










次女  「 そう? 」









家内  「  そうそう 」










私  「  これは良い事起こるよ きっと 」








次女  「  うん  」













2019年2月1日金曜日

去りゆく平成という時代


よく娘達とのコミュニケーションしている時に



絵馬に合格祈願


  
私が意見したり、私が何かやっていると



おとーさんは 昭和だから~ 」 とか 

それって 昭和っぽい 」 などと 



ちょいちょい、平成生まれの娘達におちょくられて言われます。


しかし、昨年(平成30年)は 天皇陛下のご退位で平成最後の年
もう平成も終わる。という触れ込がメディアから目や耳にしたもので




今度は娘達に 




お前も 平成だから〜 」とか

「 それ 平成っぽいな 」などと 



リベンジしてやるからな〜 






なんてふざけて言っていました。



しかし ある気づき発見があったのです。・・・



昨年の夏も終わり日も短くなり 年の瀬を意識し始めた11月はじめ頃・・・






 あぁ いよいと平成も終わるんだなぁ~  




 あらためて考えると 




 今年は平成30年  来年は 元号変わるまで 平成31年...




 30年? 31年? 




 平成って、30年もあったんだぁ〜 30年って意外に長かったなぁ.... 




 30...ん?? 待てよ  (私は昭和47年生まれの46歳 46年間の人生です)




俺って 人生のほぼ2/3(3分の2)は平成を生きて来てるんじゃん  昭和より長いんじゃん! 




16歳の学生の時に平成になって 大人としての人生は全て平成という時代で生きて成長して来たんだ〜 









そう気づいた瞬間に
今まで 無意識に





「平成は自分の時代ではない、若者の時代なんだ、自分は昭和生まれなので 平成には縁もゆかりもない」 
(平成生まれの若者が 次々に大人という年齢になり社会に出てくるにつれ)




というような 勝手な解釈がどこかであり 深めていって







自分は平成という時代の人間ではないんだ...







そんな思い込みから なんとなく疎外感、仲間外れ的に思考していた。







その思い込みが消滅し、






平成に対して、溢れ出る 感謝と心からの愛が溢れて来ました。






そう感じたら 





そんなしょーもないリベンジしようなんて アホや」と 




娘たちにおふざけでもする気が完全に失せました。




(えぇ...



だって、平成は私が大人としてここまで育って来た私の大切な時代だからです。   







そして平成という時代に、そしてこの時代の象徴として、私も含めた国民の安定と幸せを祈りお努めされた今生天皇である天皇陛下に愛と感謝を伝えなければと思ったのです。







陛下にこちらから出向く機会は、皇室行事である天皇誕生日12/23と新年1/2の一般参賀です。23日はすでに営業予定で予約も入っています。 





毎年一般参賀に行こうとしていたのですが、家内の実家への帰省などでいつも見送っていた一般参賀に必ず行くと決心しました。     




つづく
安楽死が合法化された現代日本のパラレルワールドを舞台に、平成という時代と、いまを生きることの意味を問い直す、社会学者・古市憲寿意欲作!