2018年1月17日水曜日

微動だにしない強靭なメンタル

私立の高校入試から帰って来ました。




雨だったのもあり駅まで迎えに…





私 「 で、どーだった? 」







長女「 別に、全然緊張しなかったから 」






私 「 ・・・ふーん そう 」






長女「 いつもの模試のような感じだったよ 」





私 「 手応えあったんか? 」






長女「 ま、普通に大丈夫っしょ 」






私 「 ・・そか 」






長女 「 うん 」






私 「 ・・・ 」






長女「 ? 」





私 「 ・・・・ 」




長女「 ・・・・ 」





私 「 次は公立だな 」






長女「 うん 」






どんな結果でも何も恐れない平常心 心乱れること何もなし・・・














2018年1月11日木曜日

いつか起きる気がしていた。パート1

成人式が終わりました。



美容師として

これにて やっと年が明けたなと感じるのです。


そんな矢先に こんなニュースが流れて来ました。


某振袖販売業者が成人式当日にバックれて着付けが出来ないというニュースが





よくお客様に


「 成人式は忙しくて大変なんですよね 」




と言われるのですが



通常の営業でも予約がビッチリだと変わらず忙しく大変です。





美容室で
成人式が 本当に大変なのは



何と言っても 




その日受けた予約は何があっても仕上げなければいけない 



というプレッシャーなのです。





成人式当日まで、風邪や怪我をするわけにはいきません。




通常の提供メニューであれば急病などのアクシデントが起こった時は、


予約の日時の変更をお願いすることも可能と言えます。




ですが、成人式当日に



具合が悪いので
すみませんが 来週に変更してくださいとか


来年の成人式にしてもらっても良いですか?


なんて 当然ですが言うわけにはいきません。




通常メニューであれば、どうしても その日でなければならないのなら他店に行って行うこともできるでしょうが

成人式の当日は他店も成人式の予約でふさがっているので

急遽請け負ってもらえる保証もありません。





基本的に当店の場合、長らくご贔屓くださる(親子三代で来てくださるお客様など)常連のお客様のお支度をメインにしているので、
長きに渡って築いた信頼を失うような事態になっては一大事です。





と 言うわけで


成人式の予約を請け負っている美容師さんは


年末年始の休暇中も 


心の何処かに



成人式が終わるまで


万が一の事態になってはいけないとプレッシャーを感じているのです。




なので




成人式が終わると



・・・・

「 終わった〜〜!! 」



と プレッシャーから解放され



心晴れ晴れと

『 やっと年が明けた! 』 と感じるのです。




昨今は 着物の販売もレンタルなども
販売促進から 


『 着付けや当日のお支度も無料です! 』

という触れ込みで


2年も前の18歳の高校卒業前から営業獲得のデッドヒートしています。


その結果

美容室で成人式のお支度をする人も過去に比べると減って来ています。

(私としては 沢山予約を受けると時間をどんどん早く繰り上げないといけないので、めちゃ早起きして慣れない着物を長時間式典まで着たりさせないで済むので良いのですけどね)

 

それと同時に着付けをメニューにしていない
美容室も増えています。



七五三のお支度もスタジオ○○○などでやるなど 

お祝いごとの着付けは ホテルや式場で
お悔やみは斎場などでと


全て他の業者で行えてしまうからです。



美容室の着付けメニューも新形態のビジネスモデルにずっと押されいたわけです。


ただ最近は、そのような形態のビジネスモデルも以前のようには利益をとることが難しくなっているんですね。

少子化は進み客数のパイはへり 似たような形態での競争も激化しているからです。


昔は着物を着る。と言うのは日本の文化であり、日常だったので
着物の販売も今とは違う状態だったと思います。


時代はどんどんスピードをあげて変化して行くので
同じ状況は永遠には続きません。競争も激しくなれば、利益率は落ちて行き、どんどんどこかにしわ寄せが行く



そうすると、無茶をする輩が普通に現れるものです。




だから 遅かれ早かれこんな自体は起こるとどこかで思っていました。







現にそのような業者からの人員獲得のオファーを受けた人材派遣会社が美容室に営業電話やFAXDMで、人員を余っていたら回して欲しいと平気な顔で営業して来るんですから・・・


よくもまぁ、そんな営業ができるもんだなぁ・・と思うのですが







本家の美容室にお客がいないと、足元見られて手伝いに行くんですかね




だとしたら これは、泣き泣きですな。。





とにかく、人材の手当がつかなくなっているんですね
(同じことを皆しているので当たり前です。)






ほかにも お客様でこんなケースもあります。



長くなってきたので 次回に続く













2017年12月31日日曜日

心のバケツの穴 パート2


前回のつづき 




別の考え方ですが




どんな考えかというと




・・・・・





実は 心のバケツは 一つじゃないのです。





あなた 「 えっ? 」







あなたの気づいてないところで



満々に満ち溢れている心のバケツをすでに持っています。








あなた 「 あの〜 それが無いから注いでいるんだけど.. 








ウンウン なるほど あなたがそのような認識、見解なのはあなたの自由なので、止めはしないです。



これはあくまで 考え方なので







すでに満ち溢れたバケツがあったとしら という前提で


考えてみてください。



さすれば今、必死になって穴の空いたバケツを満たすための水を性急に入れなくても良いですし







もちろんあなたが望むのならば、今までと同じように一生懸命にバケツに水を注ぎ続けても良いでしょう。





穴をどんな方法で塞ぐのも、漏れても良いから構わずに注ぎ続けるのも

どんな手法、どんなやり方であってもあなたの好き好きで行う自由もあります。








どちらを選ぶかは、自分の好きにすれば良いのです。







つまり どちらでも良いのです。




もうすでに心のバケツには水が満ちているのですから。







私は好きでこれをやっています!」



やりたいからやる!





それが本当に自分の好きなことで、

迷いなくやりたいことが実行出来ているならば


本当に素晴らしい!ことです。





好きなことをやっているって楽しいものです。

(今好きなこと、やりたいことやっておかないと、後では出来なくなってしまいます。たとえ後でやったとしても意味が変わってしまって、その時得られたやった感は得られないかもしれませんから)




でも 不思議なことに



好きなことをやっている。と言いながら


苦しんでいる人がいます。





違いはなんでしょうか?









いつでもやめたくなったら注ぐのをやめるオプションを持っていつつ
好んで水を注ぎ続ける人生を日々生きるのと




本当は注ぐことをやめるという選択が出来ないので、しかたなく注ぎ続けている。




ホントは注ぐことをやめたくともやめられない。




ってことでは、ないですか?







そんな自分を認めたくないから



認めることが、怖いから





それだったらと・・・自分は注ぐことが大好きなんだと思い込むことにしただけなのが本当の真実だったとしたら・・・





盲目的に注ぐって事を手放すことが出来ずに、これが唯一の手段として必死にしがみついていて





注がないといけないという脅迫観念に、単に囚われているとしたら・・・







もしも、そこを認識する感覚ごと




ごっそり抜け落ちて一瞬も気が抜けづに必死に注いでいるとしたら・・・・




「私はこれが好きなんだ!」 と叫びながら






・・・・・・







仮に一所懸命に注ぐ行動は同じでも




これは、

まったく意味が違っていることは、お分かりですか?






でも面白いことに周りから見たら 




やっていることは、まったく一緒に見えます。 




時にそんな姿をあの人はすごい とか 偉いね とか 



誰かが評価してくれたりするかもしれません。




でも ほんとのところは どーでしょうか?





・・・・・・







ここに気づくか気づかないで、人生の意味は劇的に変わってきます。






あなたには 自分の満ち溢れている心のバケツが見えますか?




ここで勘違いして欲しくないのは「足るを知る」ということで




大人として聞き分けよくおとなしく我慢したり、諦める、という。単にやり過ごし、かわすことではなく





人生で心から求めるものはガリガリと立ち向かう方法でなくとも、手に入れようと本当に思えば、勝手に近づいてきて、普通に手に入れることができるということが真実なのです。




2018年も自分の満ち足りている心のバケツをしっかりと見据え、やりたいことを実行に移して行きたいと思います。




良いお年を


パザパ
根津大介





2017年12月10日日曜日

心のバケツの穴 パート1

あなたは絶対的に心が欲しているものはありますか?







欲しているものを求めて求めて求めて
追い求めてどこまでも行く...


そしてその行動の結果

実際に求めるもの手に入れてみたとしても
不思議となぜか渇きを感じる。



なので、また追い求める・・・

欲しているものを満たしたはずなのに、満たされない??
なぜ 心が満たされないのか?







・・・・・・






心のバケツにかき集めたものをどれだけ 注いでも
満たされている感を感じているのは、ほんの一瞬で
なぜかすぐに 抜け落ち 欠乏を感じてしまう。。



・・・・心のつぶやき(「これってなん なんだろう」)



この疑問を埋めるのに こんな考え方があります。





それは 【心のバケツに穴が空いているから】




だから いくら頑張って バケツの中に注ぎ込んでも
入れたものが漏れ出てしまう。




全く気がつかず注ぎ続けているうちに日々は過ぎていくので


そのまま人生生きていたら 大損ですよ






誰も 穴が空いているとは 教えてくれないですよ
(本当は教えてくれる人はいたとしても 認識出来ないのだから いないも同然)






早いところ穴を見つけて、まずその穴を塞ぎましょう。。


塞げば、注いだものが抜け落ちずに溜まったまま満たされ続けますよ

という話になります。







なるほど! そうか!! わかったぞ!!!


「 穴はどこだ 探せ!! 」


「 あった! ここか穴は! 」

「それでは よし!早速穴を塞ぐぞ!」

(と穴を塞ぐことに注力しそして注ぐ)



「 どうだ!? 」


む・・・ いや穴の塞ぎ方がイマイチだったみたいだ



また滲み出てしまっている。。





ならばこの塞ぎ方でやったらどうだ!?



それ注げ!どうだ? 




「 よし! やったぞ!! 」



・・・・ん?



 


あれ? 今度は別の穴から 漏れている? 



そんじゃそっちも塞げ!!



これで どうだ?



「 ウンウンよっしゃよっしゃ! 」



「 漏れていないぞ! よし これで OKだ!! 」



....って感じです。



と まあこれも 単なる一つの考え方です。




この考え方を採用して、つき進むことが迷いなく行える方は、これで良いでしょう。




でも、この方法で突き進んだ結果何か違和感を感じる方は別の考え方もあります。 そもそも穴があいていたからといって その穴を塞がなくとも良かったとしたら? それでも欲するものが手に入る方法があったとしたら・・・?




そんな考えに興味はありますか??そんな別の考え方が実はあるんです。



続きは、また次回。。






2017年10月31日火曜日

舶来の行事と古来から行事


by中二中三の娘どもの落書き

10月は雨ばかりだった気が・・・



昨日・・・

いつもゆうパック配達してくれるお客様Sさんが配達ついでに
 

Sさん 「 年賀状お願いしたいんですけど・・・良いですか?」

(年賀状の申込書片手に)


私 「 良いも何にも もう書いといたよ 」

(以前に渡されていた申込書渡す)



Sさん 「 ありがとうございます! 」




私 「 今年は喪中だったからね 」


昨年は喪に服していたので年賀状書いていませんでした。




ハロウィンって本当に年々定着して盛り上がっているけど


年賀状書いたり 門松飾ったり おせち食べたり
日本の行事は年々衰退している気がするよなぁ



夏が終わると本当に早いですね 明日から11月
あと2ヶ月で今年も終わり。。





1年が早いね



2017年10月28日土曜日

悩み相談から始まる自己対話パート2

つづき

問題から逃げおおせ すり抜けたと思ったとしても
実はそれは根本の解決ではなく一時しのぎだったとしたら...

応急処置の対処に 永遠と追われ続けます。。


「 でも... どーしようもないから・・・ 」



本当に100%そうでしょうか?
そう思うのは、自分の認識が作り出している幻想であるといえませんか?



 
もしも幻想に自分が縛られ操られているとしたら・・・・幻想に操られて生きる
人生は、それってある意味では命を落とすのと同意と言えるかもしれません。




だって本来の自分の人生を捨てて、別の人生を生きているのですから...
それでは生きていないのです。 本当の自分を(が~ん)




もしあなたが、なんとなく毎日を送っているそんな自分に対して、なんだかモヤモヤしたものを感じる。何かが違う...湧き上がる違和感が拭えない本当の理由はひょっとしてそこにありませんか??



ですが、たとえそこに気がついたとしても、なかなか現状を変えられません 誰も…(ぇえ、モチロン私もその一人でさぁw)本当に悩ましく困ったもんです(苦笑)



ここを乗り越えるヒントをあえていうならば
やはりそれは問題のジャッチをしないのがポイントでコツなのです。



どんな事柄であってもそこにはプラスもマイナスも両方ある。



人間なら悩みや問題はたくさんあります。それは絶対に誰にも明かせない恥ずかしいことかもしれません。社会的に人の道を外した褒められない出来事であるのかもしれません。だとしても、それはとても普通のこと、誰にだってそんなことの一つや二つ(いやもっとたくさん!)あります。




他人や問題に対しての険悪感や怒りや悲しみ恐れや恨み、自分に対して色々な罪悪感や自己嫌悪、羞恥心を覚えるのは、いつだって自分の判断ジャッチから始まる。
 



自分がジャッチしなければみ自体は なる事柄の一つ 
なる客的事でしかない プラスもマイナスもないのです。



ジャッチすることで自らが作り出した悪夢に囚われ、痛みを避けるために
ファンタジーに逃げ込んでしまいます。




全ては自分の認識が作り出している【幻想まぼろし】と捉え、どんなことであっても否定しないで そのまま受け止めた上で、そこを超えていくことでしかどうやら先へ進む扉の鍵は手に入らないようです。





季節が変わって行きます。 この流れに乗って気持ちを新たに扉の先へ進んでいきましょう!




人生に年齢制限はない!!何歳になっても今の歳を生きるのは初体験なんですから失敗を恐れずに



2017年8月4日金曜日

無くなってないのは 本当 パート2

つづき


まどろみの中で



混沌とした意識の中



はっと気づく



かけ布団の上に 
ある人物(Aさん)が立っている





その人物はいつも私の価値観にチャレンジを与える人物





なんで あなた(Aさん)が ここ(寝室に)いるの!?




ん? そんなはずないよな




鍵は閉めて戸締り完璧にしているし 隣には家内も眠っている




あれ? そか これって 夢か?




でも 立っている気配はあまりにリアルだ




気配がある場所に そっと手を伸ばして探ってみると



手に足の感触が・・・しっかりとある!?




(これは 夢なのか?)




と その時 




突如 ぎゅーっと布団全体を覆いかぶさる圧力が襲う




それと同時に 涙がドワーっと溢れてくる。




その確かな全身に及ぶ圧迫感を感じながら




その時に 実感と共に知るのです。

 


愛に包まれていると言うことを




母親が 今ココにいる




いや いつも そばに存在があるということを




全力で力を一杯込めて 抱きしめてくれている




いつも いつも 変わらず愛情を注いで 見守ってくれている




チャレンジに大きな愛がある




ということを




誕生を祝ってくれている。 




私に大きな気づきのバースデイギフトを授けてくれている。




亡くなっても 変わらず エネルギーは いつもそこにある。




それが わかった瞬間に




体がぐっと軽くなり




一瞬で深い眠りに落ちました。




小さい子供が ぐったりとぐっすりと眠り落ちたように...




あれほど眠れなかったと言うのに








・・・・・




目が覚め 朝



朝食を取りながら 夜の出来事を思い出し



長女にたずねる。




私 「 そーいえば 昨日夜遅くに一階のトイレに行ったよね 」



長女 「 え? 行ってないよ 」



私 「 うそ? 」



長女 「 うん だって一回も起きなかったし 」



私 「 マジか? 」



長女 「 別に マジだけど・・何で? 」



私 「 いや 何でもない・・・ 」



長女 「 ・・?・・ 」



私 「 ・・・ 」



長女 「 ・・?・・ 」




私 「(心の声)やっぱりいたんだな 」




充電しているiPhoneのFBにプッシュ通知の赤い



誕生日のおめでとうコメントが・・・



そのコメント中に

母親をリスペクトしてくれていたお客様からの祝いの言葉として

次のメッセージをもらいました。




「誕生日は産んでくれた人に ありがとうを伝える日」





『いつもありがとう これからも見守っていてください』





自分の姿を 今ココにいる大切な人に見せましょう



喜ぶ顔が見えますか?



感じますか?





誕生日家内は読み聞かせボランティアの打ち合わせのため部活帰りの娘を連れ食事


母親には好きだったらジンジャーエールを
私は運転なのでオールフリーで (娘よ早く運転免許取ってくれ)