2017年8月4日金曜日

無くなってないのは 本当 パート2

つづき


まどろみの中で



混沌とした意識の中



はっと気づく



かけ布団の上に 
ある人物(Aさん)が立っている





その人物はいつも私の価値観にチャレンジを与える人物





なんで あなた(Aさん)が ここ(寝室に)いるの!?




ん? そんなはずないよな




鍵は閉めて戸締り完璧にしているし 隣には家内も眠っている




あれ? そか これって 夢か?




でも 立っている気配はあまりにリアルだ




気配がある場所に そっと手を伸ばして探ってみると



手に足の感触が・・・しっかりとある!?




(これは 夢なのか?)




と その時 




突如 ぎゅーっと布団全体を覆いかぶさる圧力が襲う




それと同時に 涙がドワーっと溢れてくる。




その確かな全身に及ぶ圧迫感を感じながら




その時に 実感と共に知るのです。

 


愛に包まれていると言うことを




母親が 今ココにいる




いや いつも そばに存在があるということを




全力で力を一杯込めて 抱きしめてくれている




いつも いつも 変わらず愛情を注いで 見守ってくれている




チャレンジに大きな愛がある




ということを




誕生を祝ってくれている。 




私に大きな気づきのバースデイギフトを授けてくれている。




亡くなっても 変わらず エネルギーは いつもそこにある。




それが わかった瞬間に




体がぐっと軽くなり




一瞬で深い眠りに落ちました。




小さい子供が ぐったりとぐっすりと眠り落ちたように...




あれほど眠れなかったと言うのに








・・・・・




目が覚め 朝



朝食を取りながら 夜の出来事を思い出し



長女にたずねる。




私 「 そーいえば 昨日夜遅くに一階のトイレに行ったよね 」



長女 「 え? 行ってないよ 」



私 「 うそ? 」



長女 「 うん だって一回も起きなかったし 」



私 「 マジか? 」



長女 「 別に マジだけど・・何で? 」



私 「 いや 何でもない・・・ 」



長女 「 ・・?・・ 」



私 「 ・・・ 」



長女 「 ・・?・・ 」




私 「(心の声)やっぱりいたんだな 」




充電しているiPhoneのFBにプッシュ通知の赤い



誕生日のおめでとうコメントが・・・



そのコメント中に

母親をリスペクトしてくれていたお客様からの祝いの言葉として

次のメッセージをもらいました。




「誕生日は産んでくれた人に ありがとうを伝える日」





『いつもありがとう これからも見守っていてください』





自分の姿を 今ココにいる大切な人に見せましょう



喜ぶ顔が見えますか?



感じますか?





誕生日家内は読み聞かせボランティアの打ち合わせのため部活帰りの娘を連れ食事


母親には好きだったらジンジャーエールを
私は運転なのでオールフリーで (娘よ早く運転免許取ってくれ)



2017年4月28日金曜日

無くなってないのは 本当

微睡みから覚醒しかけたその時


「ハッピーバースデー!」


目の前の焦点があったその先には
妻と娘の姿が



時計に目をやると24:00をまわっている。



どうやらリビングでうたた寝しているうちに誕生日を迎えたようだ




就寝の身支度をする2人にありがとうと伝えながら、寝ぼけまなこのまま浴室へ





「45歳か…」





物思いにふけつつシャワーを、浴びユックリと湯船に浸かる。









入浴を、終えタオルで髪を拭きながらリビングに戻ると妻も娘の姿もない。



就寝したようだ もう1時もとっくに回っているから当然だね。。




私はスッキリ目が覚めているので




考えごとをまとめたノートにしばし向き合う。







おもむろに充電ケーブルに繋いでおいた100%満充電のiPhoneを見るとFBのプッシュ通知が…




タップすると誕生日おめでとうのコメント




返信のコメントを打ち




そろそろ寝るかとiPhoneをもって




1階のリビングから2階の寝室へ




寝床につく









珍しく眠れない(うたた寝したとしても普段だったら5分とかからずに寝入るのに









再びiPhoneを手に取る。





なんとなくメールチェックし
なんとなくウェブを、ブラウジング









ホーム画面にもどると


FBに再びプッシュ通知、さっきFBの返したコメントにスタンプ返ってきている。


イイねして、スタンプを返す。






まだ寝付けない





iPhoneを置き





瞼を閉じ、じっとたたずむ




すると




一階からかすかに物音が、人の気配を感じる⁉︎この時間に?




……


そして この物音はどこか聞き覚えがある。




そうだ亡くなった母親がいつもたてていた音と、そっくり…⁉︎








いや、そんなわけないよな





でも、、しっかりと音が聞こえる。





それじゃあ、誰かいるのか?泥棒?強盗?





耳を澄ませ物音に集中する。









1階のトイレの流す音に階段をのぼってくる音、2階の部屋のドアを開く音、閉める音





なんだ長女か




でも、夜トイレに起きるなんて珍しいな





そう考えながら、再び微睡みの中へ




つづく
スタッフ岩瀬にいただいたケーキで祝っていただきました。




2017年3月6日月曜日

悩み相談から始まる自己対話

>自分自身をさらけ出すのに恥ずかしい気持ちがある
>人に良いように見られたい >嫌な部分を知られるのが不安 




人に本当の自分を見せることを恥ずかしく感じる。
その部分を隠す必要が生じてなるべく自分を良く装いたい



正直な心の思いを自ら把握し、しっかりと受け止めることができたら・・・



本当の心をオープンにする


それは人前で、服を脱ぎ捨て裸になる。というのと同じようなもの
普通は抵抗を感じ躊躇してしまうものです。



なので気にはなるけど後回しにしてしまう。。



でも本当は後がなく【いつもその時はその瞬間の一時である】ってとを知ることって難しい...人間追い込まれないと、今ここに生きることを気づけない




体が深刻な病や怪我で 命が危ない時にお医者の前で裸になることを
躊躇する人はいないでしょう。


でも 死ぬほどでなかったら どうでしょうか??


風邪だったら お医者に行かなくても ほっとけば治るから
「 私は死ぬ訳でないから 医者には見せないで大丈夫だろう・・・」

そんな 判断も余裕にできることでしょう。
ただ!大きな深刻な問題を軽微な問題とはき違えてしまうしまうリスクがあります。


たしかに、小さな問題をイチイチ大げさに取り合っていたらキリがないのも事実


でも これはってときは 人間不思議な直感が働きます。


問題に向き合うことを避けて生きていてはいけない ことを教えてくれる。
せっかく教えてくれているのに あなたは無視していませんか 大切な教えを?


ズバリ言いますが

重要な課題、問題をそのまにして放置し、嵐が過ぎるのを待っていてなんとなくやり過ごしているだけの人は、その自分が越えることができない問題や悩みは大抵 本質的に乗り越えられるまで、絶えず形を変えて起こり続け、あなたの前に常に立ちはだかります。


たとえどんなに問題からすり抜けうまく対処した。逃げおおせた!
と思ったとしても・・・ 

..つづく

2017年2月14日火曜日

受け取れる人に・・・


気がつけば今年も明け、すぐに母親の1周忌を終え2月も半ば


あと1週間で母親の誕生日(2/20)が来る


生きていたら60代最後の69歳の誕生日
 


思えば

母子家庭の母親を助けることを自分の人生の中心にそえ、人生を生きて来ました。


小さい頃から たすけを求められていた。。



私の生きる上での最も大切にしている価値観が3つある


その価値観のその1つが

「 た(介)すける 」
(大介という名をつけられた通りなのですが)




そして責任感を持ち、人生に臨んで来た。





私の価値観の一番上位に 据えられている 「たすける」という価値観を

表現するために 私は母の元に生まれて来た。とも言える。



たすけると いう価値観は今


誰に どこで どう 発揮するのか・・・?





・・・・・




「人をたすける」ため 忘れてはいけないこと





それは、自分を「たすける人」の中に入れるということが死ぬほど重要である。







これをスムーズに実行するための鍵があります。




その鍵は



「 楽しむ 」




最近、周囲からもたらされ、繋がったインスピレーションだ。




なぜなら 「 楽しむ 」を実行するためには



心に余裕がないとできないから・・・



全力で力を入れていてはどうしても体が硬くなる。


体が硬直し、緊張した状態では、効果的に最大のパフォーマンスは発揮できない





もっと柔軟に




リラックス





全力を出すときほど リラックス




無駄な力は 体を硬くし動きを悪くする




それができないと、パフォーマンスをうまく発揮できない



当然 結果は・・・・





力を抜くことが、上手くできると



余裕ができる 余裕 ゆとり 遊び 緩みがあることが



パフォーマンスを発揮することにつながる 



自分のもつパフォーマンスを100%発揮しきれば結果も出る確率は上がるでしょう



仮に成果が出なかったとしても、良いのです。



辛さでなく 楽しさや ワクワク感 面白さ


つまり 快


が 湧き上がるのですから



それこそが本当に自分の人生を 生きることになる




過剰なプレッシャーはいらない



ただ ただ 楽しむことができれば、力は勝手に抜ける。









力が抜けないと自分では気がつかないうちに、責任感で身を固めて行きすぎ、自分を追い込んでしまうことも同時に起こってしまいがち


責任感というものの結晶化には メリットをもたらすが

それと同量のデメリットもある



それが時に 自分に辛いことを強いてきた


まさに必死に必死(必ず死ぬで必死)


責任感至上主義のために人生を生きては、自分を殺すことになってしまう




目的がずれてしまっている。。



自分を殺していたことに全く気がつけない、見えていないと


それは 私の価値観の 「たすける」と真逆の実行を 無意識に自分自身にしてしまう。




自分が苦しい状態では 人をたすける 余裕を失う



これでは 私の価値観の実行を阻んでしまう




違和感を感じるのも当然だ




「 では あなたはもう人をたすけるのはやめて生きますか? 」


と問われたら



「 いやいや やはり自分は人をたすけたい 」


と返すでしょう



そのために 人生を生きるのが 私なのだから


これは 単に

私のアルゴリズムに責任感という思い込みの認識のプログラムエラーが生じているだけです。



これでは、セキュリティーホールからウイルスが侵入しバグが生じます。



その結果、自分の人生を楽しむために受け取れるものが


受け取れそうになりそうな時に手から離れるのです。



ただ待ってななくても 違う努力を重ねるよりも



認識のプログラムエラーを解放し、修正更新プログラムをインストールすれば、



今すぐ 受け取れる



今すぐ 正しい実行がなされる



誰もそれを咎めはしない




だから 怖がらずに楽しむ












2016年12月30日金曜日

自分の殻を破る感覚パート2

パート1からの続き


・・・・とはいえ

現実社会では美しい蝶がもてはやされるのが、これまた悩ましい
見た目のきらびやかさに人は惹かれ引き寄せられるから。。


どこかで憧れている。うらやましく感じている自分が
意識的に、もしくは無意識的にいる。。。


でもね
姿がイモ虫のままであっても蝶でなくとも空を飛びたかったら飛ぶことができるのよ。イモ虫の中には元々同時に蝶が存在しているのだから臆することはないんだ


イモ虫でも飛行機に乗れば蝶よりも高く飛べる。それで良いのさ。難しく考えずにしたいことをする。


その手順を知らなければ、今あなたの手元にあるスマートフォンで検索すれば方法はそこに大概のことは表示される。もしそれでもわからなかったら、周りの人に尋ねれてみてみよう。


重要な役割の人と自然に繋がっていき、そこまで導いてくれる人と出会っていくこともできるよ



ただし 自分が求めれば....ね。


姿が変わらないままでも十分できるはず、今まで自分がどれだけのものを獲得してきたのかを今一度思い出してみよう。


ありのままの自分のまま、飛躍してきたことを忘れてしまわないで、自分の中に何が元々備わっていたのか見つけてみよう。


生まれ変わったように感じることができれば、視点を高く変え視野を広げることに繋がる。見通しを明るくして人生というこの旅は進んでいく。


生まれて終わりではない


何度でもさなぎになれる。


そして何度でも新たに生まれその度、誕生の喜びに愛と感謝を感じられるブレイクスルー(進歩、前進、まそれまで障壁となっていた事象の突破)を体感できる。



さなぎになるのは身動きが取れない状態で窮屈で苦しい
真っ暗闇だ、でも母親のお腹にいた時と同じだ。


だから狭くても暖かくて、密着した状態が安心感があり心地良いのかもしれない。どんなにその居心地が良いからと言って、そこにずっととどまることは許されない

人生何度でも誕生する 毎日が誕生日
Happybirthday 毎日を祝福とともに過ごそう


だからなにも今の人生を終えたのちの本当の生まれ変わりを待つ必要はない。毎日をやり過ごすだけに終らせなくても良いのさ、自ら進んで人生のページめくって物語を描こう。


筋道を決めることは自分で決めることができる。


その許可を出してあげることを自分にしてあげられたらステキですよね 



今年いろいろな日々がありましたね..
2016年に感謝

ありがとう


新しい年 2017年も愛が溢れる年に出会えるワクワクとドキドキを胸に

2016年 12月30日
パザパ 根津大介








2016年12月25日日曜日

いつも通りが迎えられるのも誰かの何らかの意図ある導きがあるから


2年前に撮ったXmasの画像も使ったコラージュ

我が家のXmasは 

お客様のSさんが営む昔ながらのお肉屋さん「肉の一藤」のローストチキンが定番


一藤はXmasの日だけロースターを搬入して、店内で大量のローストチキンを作る。この時だけしか作らないので、普段は食べることができないレアな一品


年末の忙しさにかまけて注文することが滞っていて前日23日に慌てて注文の電話を




トゥルルルル トゥルルルル ガチャ!

一藤の旦那さん 「 ハイ 一藤です! 」



私  「 こんにちは パザパの根津です。」



一藤の旦那さん 「 あー パザパさん こんにちは 」



私  「 ローストチキン🍗まだ注文していなくて・・ 」



一藤の旦那さん 「 ローストチキン🍗ね で 何本いる? 」



私  「 え〜と(毎年5本注文してたけど、今年からお袋がいないから4本か...?)



一藤の旦那さん  「 あ 今うちの 手が空いたから、電話変わるね〜 」



私  「 忙しいところ、すみません 」



・・・・・・



Sさん 「 もしもし パザパさん こんにちは 」



私  「 こんにちは いつものローストチキン🍗注文したいんですけど... 」



Sさん  「 ロースチキン🍗ね 」



私  「 ハイ 注文遅くなってしまって・・・まだ間に合いますか?」



Sさん  「 大丈夫よ 」



私  「 お願いします! 」



Sさん  「 ...じゃあ いつも通り5本ね 」



私  「   



Sさん  「 。。。 」



私  「 。。。。。。 」



Sさん 「 ・ ・ ・ ・  」



私  「 (...いつも通り...か)心のつぶやき 」



Sさん 「 。。。。。。 」



私  「 ...... いつも通り 5本で⭐️ 」



Sさん  「 ... ハイ 5本ね❤️ ありがとうね 任せといて 」



私  「 ハイ よろしくお願いします! 」




Sさん 


おかげで、いつも通り家族5人でのクリスマスイヴを過ごせました。


ローストチキン🍗ご馳走様でした。こちらもいつも通り美味しかったです。


感謝✨


2016年12月13日火曜日

自分の殻を破る感覚


年の瀬を感じるこの頃、いろいろ考えが湧き立ちませんか?

私だけ?? かもしれませんが勝手に今日も綴ります..



与えられた人生の条件の中で、目的をもって進んでいく 

進みながら自分は何者なのか?を 探す旅を誰もがしている。





突然ですが


イモ虫 と 蝶 が いるとします。(ホントに突然だ...)





これらは、はたして別の生き物なのでしょうか?



さなぎという過程を経て、姿は変容するのだが



イモ虫の中に蝶の存在は元々あり存在し、

さなぎから羽化した蝶の中にもイモ虫は存在する。


であるならば、どちらも潜在的に同じ生き物であると言えはしないか?





現実の自分は、蝶になろうとさなぎになったかと思えば、

羽化せずにイモ虫に戻る。。


このように、 ふたつの間をいったりきたりをすることも多々ある。




さなぎからきらびやかな蝶になったと思い。



ひらひらと有頂天になって、派手にはためいていると



羽をもがれ地面に叩きおとされることが起きる




そしてまたイモ虫のように地面に這いつくばう



そんなこともあるでしょうし、



網で囚われ、殺されピンで差し止められ標本になり、



人前でさらされることになるかもしれません。





ひょっとすると、そんなことをどこかで恐れて(期待して)いるのかもしれない...





人生進んでいると どこかでタイミングが生じる。




さなぎになり背中の殻が割れて、自分の中に眠っている見出せなかった存在が取り出された時




まさに生まれ変わった感覚を得ることができる。





それは元に戻ったようなことなのかもしれない



もうあなたは忘れているかのもしれないが、


この世に初めて生まれてきた感覚と同じものだから....


誰しも一度は体験しているんだ。


ただあまりに昔の出来事で、その後の記憶が積もりすぎて、記憶がとりだすことができずにいる



と言うことで、覚えていないということとは違うのかもしれない....


さなぎの状態で脱皮を繰り返していき、自分の皮を剥きながら、


中にあるものを取り出していく作業を繰り返す。



殻を割って出てきたものはかならずとも蝶でなくても良い?



その姿が何も変わらなくても....殻を割ってその状態はまさに完璧なんだ、



たとえ姿が蝶でなくとも…ね     反響があればつづきます....